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令和は“ジャニーズ帝国”崩壊の幕開け!? 回避策はあるのか

  • 2019年04月30日(火) 00:00:58
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平成の男性アイドル史は、SMAPに始まり、SMAPに終わったといっても過言ではない──。



 昭和末期、光GENJIが大ブームを巻き起こしたことで、「平成に入ってもジャニーズは盤石」と誰もが思っていた。ところが、アイドル業界全体が下火となったことで、平成3年にメジャーデビューしたSMAPは、苦境に立たされることになる。
人気確立までの道のり

 当時、アイドル誌『JUNON』でライターを務め、のちにSMAPの会報誌でもライティングを担当した鎌田絵里さんは、「デビューシングルの売り上げは15万枚。事務所の最低記録を更新したほどです。人気があるとは言えない状況でした」と回想する。

 この状況を打開するべく動いたのが、のちにマネージャーとなるI氏(現・株式会社CULEN代表取締役CEO)。それまでジャニーズ事務所が距離を置いていたバラエティー進出などを積極的に仕掛け、平成4年にスタートしたバラエティー番組『夢がMORI MORI』で、彼らは脚光を浴びるようになる。

「MORIという番組タイトルが示すように、当時、事務所が猛プッシュしていたのは森(且行)くん。次に吾郎ちゃんでした」

 とは、同じく『JUNON』でSMAPの担当編集をしていた永田智之さん。のちに脱退する森くんをメインに置くことで、当時のSMAPは人気を確立していったのだ。

「番組開始以降、人気が急速に高まりました。弊社でSMAPのカレンダーを制作したのですが、20万部を超える売り上げを記録。ジャニー(喜多川)さんは、“SMAPを平成のドリフターズのような存在にしたい”とおっしゃっていましたが、歌って踊るだけではなく、コントやスポーツに挑戦することで現実味を帯びてきた」(永田さん)

 加えて、キムタクが『あすなろ白書』(平成5年)、『若者のすべて』(平成6年)で好演。ドラマでも注目されるアイドルとしての存在感を示していくようになる。

「ドラマ『人生は上々だ』(平成7年)で浜田雅功さんと共演したタイミングで、2人の対談を企画したのですが、超多忙な2人ですから、取材時間は撮影込みで10分のみ。『JUNON』は、6ページの対談として企画していたので、どう考えても足りない。撮影の合間にお互いが話している内容を漏らさずメモして何とか仕上げました(笑)」(鎌田さん)

 多忙を極めつつあったSMAPだが、「メンバー間の関係性はよかった」と鎌田さんは振り返る。

「それまでのジャニーズはメンバーの不仲も珍しくなかったけど、SMAPは違いました。ピリピリしていても仲が悪いわけじゃない。ただ、インタビューは大変でした……。SMAPとTOKIOまでは、マイペースというか一筋縄ではいかないことが多かった。今となってはいい思い出ですけどね」(鎌田さん)
後輩が台頭してもSMAPは格別

『SMAP×SMAP』の放送開始と、森且行の脱退が重なる平成8年は、SMAPにとって転機となった年だった。「アイドル千日説を覆したのでは?」と話すのは、『JUNON』で約20年にわたり編集を務める今井ひとみさん。

「ブレイクから約3年もたつと、どうしても鮮度は落ちてきます。これまでのアイドルは、グループとしての鮮度が落ちると、ソロとして活動することが定番化していた。ところが、自分たちの冠番組の開始と、森くんの脱退が、彼らを次のステージへと引き上げる起爆剤となった」(今井さん)

 冠番組は、言うなればマザーシップのようなもの。個々の活躍がある中で、全員が集まる場があることで相乗効果が生まれ、ファンも安心する。SMAPが作り上げたロールモデルは、その後デビューするKinKi Kids、V6、嵐らに引き継がれ、今に至るジャニーズの定石として定着した。

「その時期に木村くんを取材したのですが、“今はパチンコでいうと7がそろった状態でフィーバーがかかってきたとき”と話す姿が印象的でした」と鎌田さんが語るように、メンバーの覚悟も並々ならぬものがあったことが想像できる。

 後輩グループが台頭してきても、SMAPは別格だった。'00年代に突入後も、『らいおんハート』(平成12年)が150万枚を超え、『世界に一つだけの花』(平成15年)は250万枚超えといわれるメガヒット。キムタク主演のドラマは、立て続けに最高視聴率30%を超えていた。

「'00年代前半に、人気だった KinKi Kidsのソロ活動が目立つようになり、入れ替わるようにして後半に頭角を現してきたのが嵐でした。彼らは平成19年に初のドーム公演を成功させると、その後モンスターグループに成長していく。一方、嵐に席を譲るわけではなく、さらにグループとして成長し続けるSMAPのすごみも際立っていた」(今井さん)

 30歳を越えてもアイドルとして第一線で活躍する―。SMAPはグループ寿命を延ばす方法を提示するなど、まさに後輩アイドルの道しるべであり変革者として活動し続ける。前出の永田さんは付言する。

「木村くんがナンバーナインやクロムハーツなどを着用することでファッショントレンドの発信者になったり、草なぎくんがビンテージデニムの魅力を伝えたり、同性からも大きな支持を集めるようになる。中居くんは数々の番組でMCを担当するようになりました。こういった男性、女性を問わない発信力は、ほかのジャニーズユニットには見られません」
SMAPは生き続けている

 アイドルの枠を超え、老若男女から愛される唯一無二の存在となったSMAP。しかし、幕切れは突然訪れる。平成28年初め、解散危機が報道されると、事態は収束の動きを見せるも、同年8月に解散が決定。

 速報テロップが流れ、号外が配布される……国民的グループの最後が、このような形で迎えられることになるとは、誰が想像しただろうか。ところが、SMAPは生き続けている。

「稲垣、草なぎ、香取が出演したインターネットTV番組『72時間ホンネテレビ』は驚異的な視聴数を記録しました。特に、森くんと再会した場面は多大な反響を呼んだ。

 解散したけれど、まだストーリーを求めている人が、たくさんいるということ。メンバー間の関係性が、どれだけファンや視聴者にとって大切なものか教えてくれたのも、SMAPではないでしょうか」(永田さん)

 SMAP解散後、ジャニーズ事務所もテコ入れに躍起だ。滝沢秀明氏をジャニーズJr.の育成・プロデュースをする関連会社のトップに就任させたのだ。

「滝沢くんが登場した『金スマ』を見て、少年期の彼の極貧生活や誠実な姿に感動した人は多いはず。裏方に回ると宣言してから、知られざる過去を告白するとは。ある種の計算もあるでしょうが(笑)、あの姿を見ると応援したくなる」(鎌田さん)

「彼はJr.時代からプロデュース能力に長けていました。駆け出しのJr.のレッスンを見届けたり、アドバイスを送ったりすることは日常茶飯事。Jr.のコンサートの演出なども手がけていましたから、彼が目指すアイドル像がどういったものなのか、要注目ですね」(今井さん)

 SMAPが作り上げ、SMAP解散とともに新しい扉を開けた平成のジャニーズ史。次代のジャニーズはどうなるのか? 今井さんが見解を示す。

「何でもスマホで調べられる時代ですから、ちょっとミステリアスなほうがいいのでは。他ジャンルですが米津玄師さんや村上虹郎さんの人気は、そういうところもあると思います。安易に情報が取得できないような“ググれないアイドル”のような存在は面白いかも」

 SMAP解散後、ファンからの突き上げや、嵐の活動休止発表、関ジャニ∞からの錦戸亮の脱退報道など、盤石と思われた体制が揺らいできているジャニーズ。男性アイドル界のトップに君臨してきた平成が終わり、新しい時代にどんな“地図”を描くのか──。

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