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ZOZO前澤社長「納税します」発言からの大論争、富裕層への課税議論で致命的に欠けている視点

  • 2018年12月09日(日) 12:00:58
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ファッション通販サイトZOZOの前澤友作社長のツイートをきっかけに、富の再配分についてネット上で論争となっている。こうした論争はたいていの場合、平行線となるのだが、その理由は、富が十分にあることを前提に「奪い合い」という図式で物事を考えてしまうからだ。

 だが日本が直面している現実は、豊富な富を誰が受け取るのかではなく、富そのものが少なくなっているという非常に厳しいものである。この点を理解しないと、再配分の議論はうまくいかない。
制度上は低所得者優遇なのに貧困が多いのはナゼ?

 前澤氏は2018年10月、自らのツイッターで「買い物もするけど、税金もしっかり納めております。これからももっと稼いでいっぱい買い物して、いっぱい納税します!」とつぶやいた。これに対してNPO法人ほっとプラス代表理事の藤田孝典氏が、「高所得者は厚遇されている」「税が安すぎる」と発言。富裕層の課税についてネット上で論争となった。

 日本の所得税は典型的な累進課税となっており、所得が多いほど税率が高くなる。表面上は年収4000万円超の場合、45%の課税となるので、稼いだお金の約半分が税金で徴収されることになる(実際には控除があるので、もう少し少ないが)。ここまで高い累進課税を採用している国は少なく、表面的に見れば、明らかにお金持ちからむしり取る税制といってよい。

 一方で、実際に納税されたデータから分析すると、年収500万円以下の人の所得税率は1%台と事実上の「無税」となっている。諸外国では年収が低くてもしっかり税金は取られるので、この点からしても、日本は低所得者に極めて優しい仕組みになっている。「年収800万円以下の人は、払ったお金よりも、国から受けるサービスの方が多い」という高所得者側の主張も、おおむね事実といってよいだろう。

 ところが、制度上は低所得者に優しいはずなのに、日本は先進国の中でも突出して貧困率が高い。日本の相対的貧困率は15%程度だが、欧州各国は軒並み1ケタ台であり、先進国で日本と同水準なのは米国だけである。これだけの累進課税制度を持っていながら、徹底的な弱肉強食の国である米国と貧困率が同じという驚くべき結果になっている。

 つまり得られている結果からのみ判断した場合、「庶民は貧しいので、富裕層にもっと課税しろ」という主張と「富裕層は税金を払い過ぎている」という主張は両方正しいということになる。これでは再配分の議論が平行線となるのも無理はない。

日本は長時間労働で富を稼いでいる

 では、日本は低所得者に優しい税制であるにもかかわらず、なぜここまで貧しいのだろうか。その最大の理由は、身もフタもない話なのだが、低所得者に再配分するだけの原資を経済全体で稼げていないからである。

 このところ働き方改革に焦点が当たるようになり、日本の労働生産性について議論される機会が増えてきた。日本の労働生産性は、欧米各国の半分から3分の2程度しかない。つまり日本経済そのものが低付加価値であり、欧米各国と比較して富の絶対量が少ないのである。

 米国やドイツ、英国などが大きく稼いでいるのはイメージ通りかもしれないが、欧米各国の中では稼ぎが悪いとされているイタリアですら、日本と比較するとかなり豊かである。

 イタリアの1人あたりGDP(国内総生産)は日本とほぼ同レベルで欧米各国の中ではかなり低いのだが、その理由は生産性が低いのではなく、単に働かないからである。

 日本の全人口に占める就業者の割合は50%を超えている。これは幼児や老人も含めた中での数字なので、人口の50%以上が働いているということは、成人のほとんどが就労していることを意味する。つまり日本では、働ける人はほぼ全員、労働に参加することで今の富を得ているという計算になる。

 一方、イタリアの全人口に占める就業者の割合はわずか37%しかない。イタリアの場合、統計に出ない労働が多いという可能性はあるが、それにしても多くの人が働いていないのは事実である。逆に言えば、働いている人の生産性は極めて高い。

 世界ランクが落ちたとはいえ、日本の1人あたりのGDPはそれなりに高いが、全員が長時間労働することで何とか稼ぎ出しているというのが現実である。この状況を根本的に変えなければ、富の再配分は難しいと考えたほうがよいだろう。
年金が減額されるので株価を下げられない

 前澤氏のツイートを批判した藤田氏は、株式や債券など資産運用から得られる富への課税を強化するよう求めている。しかし、仮に日本だけ配当に対する課税を強化すれば、株価に悪影響を及ぼしてしまうため、現実的には導入は困難だ。

 多くの人は、株が下がってもよいではないかと考えるかもしれないが、日本の場合はそうはいかない。

 あまり知られていないことだが、私たちの年金積立金のほとんどは、なんと株式で運用されている。つまり株価が下がってしまうと、年金が減額されてしまうリスクがあるのだ。なぜそうなっているのかというと、そうしなければ年金の維持が難しいからである。

 日本の公的年金は、現役世代から徴収する保険料よりも高齢者に支払う年金額が上回るという慢性的な赤字財政となっており、このままでは制度の維持が困難になる。

 かつて公的年金の運用は、安全第一ということで債券での運用が中心だったが、安倍政権は年金財政の赤字を穴埋めするため、公的年金の株式シフトを一気に進めた。公的年金の運用をリスクの高い株式で行っている国はほとんど例がない。つまり、日本は社会保障制度を維持するため、かなり危険なことまでしなければならないほど、経済的に追い詰められているのだ。

 今の日本企業の大株主は、いわゆる資本家ではない。わたしたちの年金なのだ。当然のことながら、株価が下がるような政策は基本的に実施できないと思ったほうがよい。

 では、日本の生産性を高め、再配分の原資を稼ぎ出すためには、どうすればよいのだろうか。当たり前すぎる話だが、日本のGDPを欧米並みに拡大するしか方法はない。

富を生み出す健全な競争社会が必要

 日本経済が低成長なのは、日本企業の競争力が低下しているからだ。そこにはさまざまな理由があるが、もっとも大きいのは、日本の労働市場が硬直化しており、人材の流動性が低く、適材適所の配置ができていないことである。

 日本では終身雇用が大前提となっており、最初に入った会社に一生勤務するという人が多いのだが、考えてもみてほしい。同じメンバーが40年も顔を合わせて毎日、仕事をしていれば、どんなに優秀な人たちでもマンネリ化するのは当然のことである。最近では少し状況も変わってきたが、日本の企業は転職した人をあまり優遇しないので、転職は活発にならない。

 こうした硬直化した人事制度を続けていると、時代の変化に組織が対応できなくなる。リクルートワークス研究所によると、社内で仕事が見つけられない、いわゆる社内失業者の数はすでに400万人を突破しており、2025年には500万人近くに拡大するという。何も仕事をせず、給料だけは満額もらっているサラリーマンが全体の1割以上を占めている現実を考えると、企業の競争力が低下するのも当然だし、企業が総人件費の増大を恐れて、賃金を抑制してしまうのも無理はない。

 新卒で会社に入ってしまえば、一生面倒を見てくれる職場は確かに居心地がよいかもしれない。だが、こうした環境に皆が慣れきってしまえば、結局、社会の貧困化を招く。

 会社にしがみついていれば生活は保障されるが、ひとたびそこからはじき出されると生存が脅かされる社会と、ひとつの職場に一生いられる保証はないが、会社を辞めてもすぐに次の職場が見つかり、仮に失業が長期化してもセーフティネットが救ってくれる社会とを比較した場合、どちらが健全だろうか。筆者は明らかに後者だと考える。

 多くの国民がもう少し前向きにキャリアを形成することができれば、そして日本人が本当に先進国としての民度を持っているならば、貧困率を今の半分以下にし、大学までの学費を完全無償化することなど、それほど難しいことではない。求められているのは、少ない富を奪い合う論争ではなく、富を生み出す健全な競争社会を受け入れる覚悟である。

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