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深田恭子「35歳写真集」までのオトコ行状(2)「はっちゃけ期」にリバウンド

  • 2018年09月17日(月) 00:00:42
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とはいえ、深キョンがここまでムッチリ熟ボディをウリにするまでには、葛藤があったようだ。14歳でデビューした97年から01年の「清純アイドル期」時代は、太りすぎの体型に批判的な声もあったほど。グラビア誌編集者が振り返る。

「当時はタヌキ顔の清純派アイドルで、脚もムチムチ。衣装もくびれやメリハリのある服装が少なかっただけに、実際よりもかなりぽっちゃり体型と思われていました。一部の夕刊紙では深キョンならぬ“デブキョン”とイジられていたことも‥‥」

 だがすでに、その頃から「恋多き女」の萌芽がかいま見えていた。17歳の時に発覚した初スキャンダルのお相手が超大物アイドルだっただけに一躍、注目を集めることに。

「99年、17歳の誕生日に東山紀之の自宅を訪ねるところを写真週刊誌に撮られました。前年に雑誌で対談して、16歳も年上の東山をメロメロにした、と言われたほどでした」(芸能担当デスク)

 転機となったのは、01年に発売された3冊目の写真集「AVENIR」(学習研究社)でのパリ撮影。これまでの少女から大人の女性へとの変化する肢体を収めた写真集で、憂いを秘めた大人の表情もさることながら、グラビアでの初水着も掲載した、これまでの総集編といった作品。これを機に、深キョンはコンスタントにほぼ年1冊ペースで写真集を発表するようになる。芸能記者によれば、

「プライベートでは00年には、人気絶頂だった脚本家・野島伸司氏との交際も明らかになり、当時は『オヤジ殺し』として話題に。その後も玉木宏(38)やくりぃむしちゅーの有田哲平(48)など、芸能関係や一般人とのオトコ遍歴が取りざたされるようになっていた」

 それだけではない。02年頃からの「はっちゃけ期」では、写真集ごとに劇的に太ったり痩せたりと、プライベートがそのまま体型にも反映していたという。三杉氏が解説する。

「深田は彼氏がいる時は痩せていて、いない時に暴飲暴食で太る、というのが業界の定説。もともと太りやすい体質なのに、当時は“深夜ラーメン”の常習者でした。太ったらキムチダイエットや白湯ダイエット、カーヴィーダンスなど、流行のダイエット方法を次々と取り入れていたようですね。一時は自宅ですっ裸になり、常に鏡を置いて体型を意識して過ごす“全裸ダイエット”もやっていたとか」

 04年に映画「下妻物語」(東宝)のヒットもあり、この時期の露出は低迷気味。しかし、09年の「バッキバ期」に入ると事態は一変するのだ。

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