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有賀さつき、八木亜希子、河野景子 「3人娘」の足取り

  • 2018年02月11日(日) 11:00:56
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元フジテレビアナウンサーの有賀さつきさんが1月30日、52才で亡くなった。病気を患っていたことも病名も周囲には明かさなかったという。

 有賀さんがフジテレビに入社したのは、バブル華やかなりし1988年。同期の河野(現・花田)景子(53才)と八木亜希子(52才)とともに「女子アナ3人娘」と称された。

「それまでの女子アナはニュースを読むのが仕事で、お堅いイメージの職業でした。でも、彼女たちはそんな女子アナ像を一変させました。なかでもちょっと天然な魅力のある有賀さんは、『オレたちひょうきん族』や『とんねるずのみなさんのおかげです』など、お笑い番組やバラエティーでも大活躍。まさに“アイドルアナ”の元祖です。彼女たちの登場でフジテレビは黄金期を迎え、他局も女子アナを前面に出した番組づくりに舵を切った。20代前半の彼女たちのエネルギーが、テレビの歴史も丸ごと変えてしまったんです」(放送作家の山田美保子さん)

 有賀さんは、女子アナの「フリー転身」の先駆者でもあった。人気絶頂の27才の時にフジを退社するや、すぐにテレビ朝日の『ミュージックステーション』に抜擢された。

 タレントとしての注目度も度胸も一流。2000年に所属事務所社長との不倫が発覚すると、記者会見で堂々とこう答えた。

「奥様とお子様がいるので申し訳ないと思います。それ以上に、どうしようもない強い気持ちと、愛しているということです。将来は結婚したい。女ですから子供も産みたい」

 そんな有賀さんの本音告白は世間で大きな顰蹙を買って、結局は破局。その後、芸能界を引退して翻訳の仕事をすると発表し、私たちの前にほとんど姿を見せなくなった。そんな彼女が再び世間を驚かせたのが、2002年、元上司で、フジテレビ解説委員を務めていた和田圭さん(65才)との結婚だった。有賀さんは本誌・女性セブンのインビューで「主人は私のトータルアドバイザー」と話している。

「和田さんとは『実況解説! 小泉劇場』(PHP研究所)という本を共著で出すなど、実際にアドバイスをたくさん受けていました。彼女としては、和田さんと結婚することで、以前のようなタレント的な仕事ではなく、報道キャスターとして新境地を開きたいという思いがあったのでしょう」(有賀さんの知人)

 結婚の年に長女を出産。すぐに仕事にも復帰し、傍目には順風満帆に思えた。だが、2006年に離婚。結婚生活はわずか4年で破綻してしまった。その離婚会見で有賀さんは、「夫婦だったけど(和田氏は)上司だった」「妊娠中から(結婚は)間違いだったかもと思っていた」とサバサバした表情で元夫をバッサリ。後に、「刑務所に入るつもりで結婚した」とも語っている。以降、有賀さんはシングルマザーとして子供を育ててきた。

 元「3人娘」の河野はフジテレビ退社の翌1995年に貴乃花と結婚。相撲部屋のやり手の女将へと華麗なる転身をしたのは周知の通り。

 八木も2000年にフリーになり、2002年に大学時代の同級生と結婚した後、アメリカに留学。その後、報道番組のキャスターを任されるほか、女優としても活躍してきた。

「女子アナの生き方は結婚で変わります。逆にいえば、結婚でしかなかなか変えられないところがある。花田さんと八木アナは結婚によって変わったけど、有賀さんはよくも悪くも“彼女のまま”だった。有賀さんの活躍で、女子アナにアイドル的な価値を見出したテレビ局としては、若くてフレッシュな女性を使いたい。“30才定年説”も公然といわれて、女子アナの賞味期限が短くなるなかで、河野さんは結婚でその道から潔く退き、八木アナもアイドル路線と一線を画すことで、上手にキャスターに転身した。でも、有賀さんはそれができずにもがいていたように思います」(テレビ局関係者)

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