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『過保護のカホコ』最終回のハッピーエンドに隠された「怨嗟と呪い」の物語を垣間見る

  • 2017年09月15日(金) 13:00:57
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テレビ系)も最終回。視聴率は14.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と過去最高を記録。有終の美を飾りました。

 さて、このレビューでは本作で描かれる家族愛を、主に「不穏だ呪いだ」と書き続けてきました。脚本の遊川和彦さんが、カホコやママの異常な家族依存を、若干の悪意を込めてデフォルメしていると思っていたのです。

 しかし、どうやらそうでもなかったのかな、というのが最終回を見終えた感触でした。というわけで、振り返りです。どう受け取ったらいいのかわからないまま書き始めてます。

(前回までのレビューはこちらから http://www.cyzo.com/mt/mt-search.fcgi?IncludeBlogs=1&tag=%E9%81%8E%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%9B%E3%82%B3%20AND%20%E3%81%A9%E3%82%89%E3%81%BE%E3%81%A3%E5%AD%90&limit=50)

 病気で亡くなったばあば(三田佳子)から「この家族を守って」と遺言されたカホコ(高畑充希)は、さっそく親戚たちの問題解決に乗り出します。

 やもめとなったじいじ(西岡徳馬)は、カホコに「ばあばに会いに行ってくる、もう探さないでくれ」と言い残して姿を消します。で、どこにいたかと思えば、実家の庭の片隅に身を隠していました。聞けば、結婚したばかりのころ、ばあばとよくかくれんぼをした場所なのだそうです。

「俺はずっとここにいる」と言い張るじいじに、カホコが何やら美辞麗句を並べると、態度が一変。あっという間に立ち直りました。

 続いて、先日離婚届を提出したばかりの衛おじちゃん(佐藤二朗)と、ママ(黒木瞳)の妹・環ちゃん(中島ひろ子)の問題も、カホコが「離れてほしくない、一緒にいてほしい、いるべきだ!」と主張すると、あっさり翻意。衛おじちゃんは涙ながらに「俺は君とずっと一緒にいたい、ここにいるみんなとも」とか言い出しました。

 このあたりからして、「家族だから」という理由だけで個人が集団に取り込まれていくように見えて、薄気味悪かったんです。それぞれが自分の個人的な悩みと正面から向き合うことを放棄している、つまりは個人でなくなっていく、まるで「家族愛」という毒に感染して人ならざる者になっていくように見える。

 なぜなら、カホコが唱える「家族だから一緒にいるべき」という思想は、カホコが個人的な社会経験によって抱いたものではないからです。ママに「家族が常に一緒にいるのは当たり前」と生涯にわたって刷りこまれた上に、ばあばに「家族を守れ」と言い残されたから、という理由だけで、カホコは「家族だから一緒にいるべき」と主張している。以前、従妹の糸ちゃん(久保田紗友)に「家族なんて大嫌い! 気持ち悪い! 特にカホコが嫌い!」と面罵されたことがありましたが、カホコはただびっくりして泣いただけで、糸ちゃんの気持ちを慮ることは一度もありませんでした。糸ちゃんという一個人の心情に寄り添おうとはしませんでした。

 今回、手の神経障害で弾けなくなったチェロを売りに行った糸ちゃんから、そのチェロを奪った挙句に「カホコが買う、300万なら貯金ある」と言い出す姿など、醜悪ですらあります。糸ちゃんが、金が欲しくてチェロを売ろうとしているわけじゃないことすらわからないのか、わかっていてこんなに人を傷つけることを言える無神経な女なのか、どう描こうとしたの不明瞭なのですが、カホコの頭を埋め尽くす「家族愛=絶対的正義」という価値観は揺るぎません。そして、そんな家族愛あふれるカホコは、糸ちゃんに「どうしてそんなにチェロを売りたいの?」と質問することもありません。対話を拒絶し、共に進歩や成長を模索することを拒絶し、「おまえはチェロ弾きの女っつー設定なんだから、その設定を守れよ!」と強いるのです。もはや暴力です。

 で、まあなんだかんだでカホコはハジメくん(竹内涼真)と結婚して、糸ちゃんも神経障害をおして結婚式でチェロを弾いて、ママも許してくれて、ハッピーエンドとなりました。


■さて、『過保護のカホコ』とはなんだったのか


 先に、「毒に感染して人ならざる者になっていく」と書きました。では、感染源はどこなのか。

 それは、ばあばです。ママたちが生まれ育った並木家に嫁いだ当時、ばあばは姑や小姑からひどいイジメを受けていたといいます。

 72歳で亡くなったばあばは、21歳でカホコのママ(51)を産んでいますから、イジメを受けていたのはその前の5年間くらいでしょうか。1961~66年あたりだとすれば、世は高度経済成長の真っ只中。洗濯機や冷蔵庫が普及し、家庭における女性の役割に大きな変化が訪れました。一方で、厚生労働省の「人口動態統計(確定数)の概況」によれば、65年の離婚件数は約7.7万件で、終戦直後の47年とほぼ同数だそうです。2016年の資料では21.7万件となっているので、離婚そのものが現代に比べれば、あまり一般的ではなかった時代です。

 そうした時代に、姑や小姑からひどいイジメを受けたばあばには、それに耐えるしか選択肢がなかったのかもしれません。しかも、夫はそのイジメを止めようともせず、夫婦2人で家を出ようと提案することもなく、ばあばに水鉄砲で水を浴びせたり、せっかく片づけた落ち葉を頭からぶちまけたりする男です。
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 そんな環境で、若かりしころのばあばは、幼児退行を起こしたのでしょう。水鉄砲攻撃や落ち葉攻撃といった夫の悪ふざけが「楽しかった」のだそうです。「くよくよしててもしょうがないなーって、吹っ飛んじゃう」のだそうです。それは、苛烈なイジメを受けながらも、この並木家に根差すしか選択肢のなかったばあばの心の闇が作り出した「せめて夫とのひとときを楽しむしかない」という逃避的思考だったのかもしれません。

 こうして「家に根差す」以外の選択肢、価値観を失ったばあばの思想は、娘たちにも伝播します。特に、長女であるカホコのママに、ばあばは「厳しく当たった」と言いました。きっとその厳しい指導の中には「家族は一緒で当たり前」という思想も含まれていたことでしょう。

 ばあばのこの思想には、作中で語られたエピソードから推測するだけでも「家族は一緒で当たり前(だって、私は逃げられなかったし)」という怨嗟が含まれているように感じます。しかし、おそらくばあばはそうした怨嗟に無自覚ですので、カホコのママにはそれが「家族は一緒で当たり前(だって、その方が幸せに決まってる)」と伝わっていると考えられます。何不自由なく育った中で、怨嗟を種にした「家族愛=絶対正義」という思想だけがママに受け継がれたわけです。それがカホコへの教育方針に反映されていることは、言うまでもありません。

 さらに、ママが過酷な不妊治療を経てカホコを出産したことも語られました。このことが、さらにカホコへの過干渉を強めた原因であることは、ママ自身も自覚していたようです。

 そんなママに純粋培養されたカホコは、ママがカホコに向けていた過干渉を、親戚一同に対し、全方位的に実行していくことになります。登場した当時は「おまえのような過保護が日本を滅ぼす」と言っていたハジメくんを巻き込み、親戚全員を「家族愛」に感染させ、さらにばあばが「逃げられなかった」並木家の実家に陣取って、その種が怨嗟であることを知らないまま家族愛の絶対神として君臨していくことになるのです。

 ハジメくんは結婚1年後も似顔絵屋で収入が不安定なうえ、まだ「創作活動が」とか言っていますので、カホコは思想的にも経済的にも、家の支柱となります。もう誰も、カホコに逆らうことができません。もとより、家族愛という絶対的価値観に支配された親戚たちには、もう逆らう意思もないのです。まるで礼拝のように、誰かの誕生日になれば並木家に集合して祈りを捧げるしかないのです。


■テーマは「過保護なママ」の解放だったのかな


 一方で、カホコを嫁に出したあと、「過保護なママ」だった泉は夫に離婚を切り出します。

「ねえパパ、離婚しよっか?」

「カホコがいなかったら一緒にやることもないし、いいんじゃない? あたしたち」

 この提案は、カホコが聞いたら目ん玉飛び出しちゃうくらい、とんでもなく意味がわからない発言でしょう。自ら思考せず、形骸化した「家族愛」だけに囚われるカホコにとって、家族であることは「どんなことがあってもやめられない」(と糸ちゃんに言ってた)ものなので、ママがこんなことを言い出すなんて、完全に想定外であるはずです。

 しかし、この「離婚しよっか?」は、並木家でイジメに遭っていたばあばが、決して言い出せなかった一言でもあるはずです。

 作中、ママが提案した離婚が夫婦間で成立したかどうかは「想像にお任せします」とのことでした。

 第1話から、オープニングで常に表示されていた、歪んだハートマークで囲われたエリア。そのエリアから一歩でも外に出ると、ママはまともに口をきくこともできないという病理が繰り返し語られています。

 しかし最終回、カホコを嫁に出すことを決心したママは、エリアの外でも普通に会話し、行動することができました。

 離婚を口にしたあと、この歪んだハートマークの歪みは取り除かれ、バランスのいい美しいハートになって徐々に拡大し、消えていきました。ママが、いつどこに行っても自分の意思と行動を妨げられず、思うままに自己表現できる人間になったことが示されます。

 この物語は、ばあばにとって地獄だった並木家という環境が、その逃げ道として「家族愛」という毒を生み出し、その毒に犯されたママが、カホコを手放すことによって「家族愛」だけが絶対的な価値観ではないという気付きを得る物語だったのかもしれません。そうして呪縛から解き放たれ、ママが今一度、個人としての人生を取り戻す姿を描いた“失われた時間の再生”の物語。そう解釈すると、わりとすんなり、いろんなことが腑に落ちるかな、という感じです。

 だけど、カホコは純粋培養ゆえに気付きの機会がなく、糸ちゃんも、すでに感染済み。並木家の呪いは拡散しながら、未来永劫続いていく……。このドラマは不穏だってずっと言い続けてきましたが、やっぱりこれは呪いだし、この構造は完全にホラーじゃんね。(あくまで個人の感想です)

 あ、面白いか面白くなかったかでいえば、最終回を見た直後はわからなかったんですが、ここにいたり「すげえ面白い」となってます。はい。

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